Alps ブライトホルンとモンブラン
2004年6月30日 モンブランに登るため、出発前に、インターネットでシャモニーのガイド組合やガイドにメールを送ったが、返事をもらえず、だめならガイドなしで登ろうと、1人、ジュネーブ経由でシャモニーにやってきた。
現地の案内所などで聞くと、ガイドなしでは山小屋の予約が取れず宿泊が出来ないという(登ってみるとそんなことはなかった)。仕方なく、何が何でもガイドを頼まなければと、ガイド組合に行き、受付嬢がNOと言っていることを理解できない振りをして粘りに粘り、何とか7月5、6日の2日間、ガイドの予約を取る。
7月1日 ガイドの予約が出来、登山まで4日間の時間があるので、この間、高所順応を兼ねてブライトホルンに登ろうと思い、電車でスイスのツェルマットに行く。
7月2日 朝から快晴。ツェルマットから登山電車でゴルナグラード(3090m)に登り、正面にマッターホルンを眺めながら山道を降りる。左手にブライトホルンが丸い山頂に雪をのせて輝き、その奥にモンテローザが続く。これらの山から下りる氷河が、谷間を雄大に流れ下っている。足元にはまだ残雪が残り、雪解けの地面に張り付くように高山植物が花をつけている。
下るに従って、日本の高山植物と良く似た花、初めて見る花など数が増してくる。お花畑の向こうにマッターホルンが輝いている。リッフェルアルプのレストランのテラスでマッターホルンを正面に見て、1人ビールで乾杯。
ブライトホルンと氷河 |
青いサクラソウ |
マッターホルン |
パンジーと? |
モンテローザ |
7月3日 ブライトホルンに登る。ロープウェイ駅に行くと、登山者が数名集まっており、ガイドと落ち合う。マッターホルンの裾をロープウェイで乗り継ぎ、40分ほどで終点のクライン・マッターホルンに着く。ここでハーネスを着けザイルを組む。パーティーは先頭がガイド、2,3番手が英国の夫妻、4番手がドイツの男性、5番手がアルゼンチンから来た女性、そして殿が私の6人である。出だしは広い雪原、30分ほど歩いてブライトホルンの裾に着きアイゼンをつける。雪壁をトラバースしながら高度を上げていく。傾斜はきついが踏み跡がついていて特に難しいことがない。マッターホルンを正面に見て登っていくと、やがて、山頂から降りてくる稜線にぶつかり、それを登って4159mの山頂に出た。お互いに握手をして、すぐに次のパーティーに山頂を譲り、少し降りたところで、ガイドが山の説明をしてくれる。西に明後日登る予定のモンブランがグランドジョラスを従え、一際大きい山容を見せている。北東に遠くアイガー、メンヒ、ユングフラウの三山が並び、3年前に登ったメンヒの雪壁が輝いている。少し降りて、雪壁に座ってモンブランを眺めながらランチ、コンビニで買ってきたパンとりんごを食べる。スキーヤーが急な雪壁を降りていく。日本の春山のようにゆったりとしてのどか、氷河を渡って吹き抜ける風もさわやかだ。一緒にザイルを組んだいろいろな国の人、短時間で言葉も通じなかったが気負いや不安もなく、皆で楽しいアルプス4000mの登山であった。
出発準備 バックにマッターホルン |
スキーで登るパーティー |
ブライトホルン山頂 バックにモンブラン |
7月4日 電車でシャモニーに戻り、夕方、ガイド組合のオフィスで、ガイドと顔合わせをする。明日、持って行く用具の確認(今回はピッケルなど全て日本から持参)、私の登山経験についての質問などして、明日、宿に迎えに来てくれる約束で別れる。
7月5日 朝からどんよりとした曇り。7時、ガイドが迎えに来る。彼の車に乗って隣町のレ・ズーシュへ行き、ケーブルに乗る。小雨がぱらつく。ベルビューでケーブルから登山電車に乗り換える。ここで激しい雨が吹き付け、登山者の一部はあきらめて帰って行った。登山電車の終点、ニ・グーデルで、小雨の中を歩き始める。
ガレ場と岩の岩稜を登り、雪の斜面を登る。テート・ルース小屋に近づいたころは雨から雪に変わり、猛烈な風が吹き始めた。
雪原を歩き,急斜面の手前でハーネス、アイゼン、ヘルメットを着けザイルを結ぶ。落石が襲うこのコースで最も事故が多いというクーロアールに到達、ガイドと一緒に駆け足で通り抜ける。これを過ぎると、険しい岩稜の登り。氷河から吹き上げる風は体ごと持っていかれそうに強い。岩は雨が凍り着き、その上に雪が積もり滑りやすい。ガイドは休まず進む、朝食を取っていない私は応える。
突然、雷鳴が炸裂。風と雪は考慮したが、雷は予想していなかった。恐怖が走る。急がねばならないが、体が重くピッチが上がらない。再び雷鳴がとどろく。両側が切れ落ちた急な岩稜で逃げ場はなく、背中にピッケルを背負っている。ガイドも急いで登ろうとしている。スタートしてから2時間半、ほとんど休まず歩き続けている。再び稲妻が走り雷鳴が炸裂する、雪と風がいっそう激しく吹き付ける。岩で跳ね返ったあられが顔に吹きつけ、目を開けていられない。10時半、雪まみれになってグーテ小屋に転げこんだ。いつもは100人以上入るという小屋に、今日入ったのは私らと、もう1パーテーのみ、前日から滞在しているものも含めて15名のみであった。小屋でスープを取ってパンをかじり、腹ごしらえをして温まる。夕食まですることもない。自分だけ言葉が通じないのは少しさびしい。それでも仏語しか出来ないガイドとゆっくり会話(?)、彼は30歳、4年の研修期間を経て、憧れのガイドになって1年、この間、アルプスの多くの峰や岩場を登り、ヒマラヤはエベレストのB,Cまでトレッキングをしたことがあるという。胸に付けたシャモニーガイドのバッジが真新しく誇らしげに輝いている。夕食はオニオンスープにチーズとパン、豆の煮物と、牛肉の煮物、それにデザートで、テーブル(約10人)毎に大皿に盛られ、同席したものが分けて食べる。外では夜になっても嵐が続いていた。
急な登り斜面 |
モンブランへの稜線、手前に氷河 |
ガイドのユニック |
エーデルヴァイス |
7月6日 朝2時に起きる。ドアを開けると外は猛烈な風と雪、ガスも舞っている。これではどうしようもない、ここから頂上までは雪の稜線でそれほど難しいことはないはずだが、この嵐ではとても登れない。ここまで来て登頂できないのは残念だが、再び毛布を被って横になった。外で激しく雷が鳴る。7時、他の登山者も起き出した。朝食を取り、吹雪の中をガイドとザイルを組んで昨日登った道を降りる。
ガイド組合オフィスに行き、登頂できなかった分として、一部、返金してもらう。少しお金が入ったので、前の宿(ドミトリー、約1500円)をキャンセルし、ちょっとレベルの高い宿(B&B,約3000円)に変更。快適なシャワーで汗を流し、庭のサクランボの木から、野鳥と一緒にルビー色の美味しい実をたらふく頂く。さらに宿の奥さんから、庭に咲くエーデルヴァイスを一輪いただく。登頂も出来ず貧乏旅行であるが、豊かな気分でシャモニーの最後の夜を過ごした。翌朝まで時折雨が降り、雷鳴がとどろいていた。
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