ヒマラヤ エベレスト街道を行く
                              
     ’01,11月

エヴェレストを望む             

出発

 エヴェレストを間近に見てみたい。そして、出来ることなら5000m以上の山に登ってみたい。そんな気持ちで計画を立てた。この9月にニューヨークの爆破事件があり、出発の朝、また、ニューヨークで飛行機が墜落する事件があって、ちょっといやな出発となった。しかも、日本語が出来るガイドを、現地や日本の旅行会社に頼んだが、カトマンズから奥地に飛ぶ航空券が取れないなどの理由で断られ、ガイドが決まらないまま一人で飛び立つことになった。
カトマンズでガイドを雇う
 夜10時、喧騒と埃の町、カトマンズのホテルに入る。ホテルのオーナーに旅行業者を紹介されガイドを頼む。こちらの条件として「ガイドの経験が1年以上、日本語が出来、酒癖、女癖が無い男。ガイド料、紹介料、ガイドの航空費、入山料、私とガイドの3食宿泊費込み15日間で」少し高いと思ったが9万円で手を打った。
翌朝、一人でカトマンズからルクラに飛ぶ。単発のセスナ機で驚いたことに乗客は私が一人であった。眼下の段々畑とヒマラヤの連なる峰々を飽かずに眺める。ルクラは山の中の小さな町で飛行場も絶壁の上の、傾斜の付いた滑走路である。飛行場から一歩外に出ると、ポーターや牛が行き交う埃の舞う土の道、大勢のポーターから「ガイドをするよ!」と声がかかる。その日はホテル泊まり、ホテルといっても部屋には暗くならないと付かない裸電球と木のベットがあるきりで、そこに持参したシュラフを敷いて寝る。次の日ガイドを待ったが来ない。その次の日の朝も来ない。10時半、騙されたと思い一人で立とうか迷っているところにやっとガイドが来た。リビーと言いシェルパ族で24歳、日本語は「はい」と「すみません」を知っているだけ。持参した電子手帳を使い、おぼつかない英語でのやり取りになった。

ヒマラヤの峰

道で遊ぶ子供

落ち葉を運ぶ女性

単独のトレッカー

ナムチェバザール
ルクラからナムチェへ
 ガイドのリビーと2人旅が始まる。源流の氷河の水を激しく流す川沿いで、エベレストを目指すトレッカー、大きな荷物を額にバンドをかけて背負うポーター、荷物を運ぶ牛の列などが行き交う。断崖を切り開いた狭い道で土埃が激しい。途中、パグデンに1泊してナムチェに入る。 ナムチェは標高3440mの高地にあり、3000人ほどの山の中の町。ホテルがあり、中央の広場でチベット人のバザールが行われていた。チベット人は6000mを超える峠を1週間ほどかけて来て、衣類や雑貨を売っている。ここで高度順化を図るために1日滞在した。シャンボチェという近くの丘に登るとペリツェ、ローツェ、アマダブラム、タムセルク、クスモカンガー、カンテ、ターメなど美しいヒマラヤひだをまとった白い山々が見え、その後に、黒い岩肌のエベレストがデーンとひかえている。
ナムチェからドーレへ
 19日 シャンボチェの丘を越え、右はるか下にドウドウコシ川を、前方にタムセルクやアマダブラム、エベレストを望む道を行く。キャンツマでカラパタールに行く道と分かれるが、ほとんどのトレッカーはカラパタールに向い、ゴーキョに向かう道は、行き交う人が急に少なくなる。頭上を覆う大きなシャクナゲの木、サルオガセを乗せたダケカンバの林が続く。この日は数100m下り、また500mほど登り返すきつい行程だった。午後1時に宿泊地のドーレに着く。

雷鳥より大きな鳥

咲き残っていた花

 暖かそうな花の残り

ドライフラワーになっていた

ドーレからパンガ、マッチェルモへ
 20日 正面に真っ白なチューオユー(8201m)を見ながら枯草に覆われ茶色い岩肌の山道を行く。ドーレで、近くの山に2時間ほどかけて登ってみると、エベレストが大きく見えた。足元でナキウサギが鳴いていた。午後マッチェルモに到着、山小屋が数件ある美しい場所だった。 

ドーレの風景

アマダブラムをバックに鷲が飛ぶ

ゴーキョの第一湖

第三湖 湖畔にゴーキョ
ゴーキョピークからエベレストを望む
 21日 モレーン(氷河が押し出した砂礫)の丘の道を上り詰めると広い川原で美しい第一湖に出た。澄んだ湖底に水草が茂り、白いチューオユーを映している。その先に鴨より大形の鳥が泳ぐ第二湖、さらにその先、今日の宿のゴーキョがある第三湖に着いた。疲れと高山の影響で吐き気がするが無理して昼食を取り、シュラフに入って休んだ。
2時過ぎにシュラフから出てカメラだけを持ってゴーキョピークに登って見る。今日は昼前から雲が出て辺りは夕暮れのように暗い。この天気では山頂からの展望が望めそうにないが、ここまで来た以上低くてもヒマラヤのピークに登ってみたかった。ピークまで570mの標高差だが、息が切れてなかなか登れない。登るに従い辺りがだんだん明るくなる。やっとの思いで山頂に着く頃なんと雲海の上に出た。思いがけない幸運だった。
5360mの山頂から雲海の上に、チューオユー、ヌプツェ、ローツェ、その上に大きなエベレスト、黄色い岩肌のマカルーなど8000mの山々がずらいと並んでいる。ここより下は雲に被われており、今、この景色を眺めているのは、地上でおそらく私が一人だろう。自然が私一人のために壮麗な舞台を作り、輝く神々の座を見せてくれている。刻々と変わるヒマラヤひだの輝きを眺めた。気がつくとエベレストをバックにして、雲海の上に私のブロッケン(ご来迎)まで見える。人の気配のない静寂な世界、フィルムは使い切り、日が沈むまで呆然と眺めていた。
雲海に夕日が沈んだのを見届けて下山を始めた。少し降りると霧の中に入り、辺りはすっかり暗くなってしまった。足元を気にしながら歩いていると、下から登ってくる人影がある。こんなくらい中をいったい誰が何をしに?。不審に思って立ち止まっていると、近づいてきたのはなんとリビーだ。私の帰りが遅く心配して迎えに来てくれた。彼が持ってきたテルモスの暖かいミルクティーを飲む。ロッジに戻ると食欲もなくそのまま、シュラフにもぐって寝た。疲れて苦しかったがあの壮麗な山々が脳裏から消えなかった。

ナンパンゴッスム

雲表のタムセルク

タウチェとマカルー

エベレスト 左下にブロッケン

ゴーキョ山頂で
 トレッキングを終えて最後の夜に、ガイドのリビーが「ガイドは今日で終わりです。明日から友達になって下さい。明日我が家でディナーをご馳走するので我が家に来てください」と言う。喜んでうかがうことにした。カトマンズに戻ってホテルでシャワーを浴びて2週間の汗を流していると、リビーが迎えに来た。

  

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