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モンブラン 2005年7月 |
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1 シャモニーへ |
| 2 モンブランへ 7月3日 朝、7:30のバスに乗り隣町のラ・フレージュに行く。ここからケーブルでベルビューに登り、さらに登山電車でニ・グーデル(2372m)へ。3両編成の登山電車は、いっぱいの登山者を乗せてアルペンローゼの咲く急斜面をアブト式の歯車をきしませながら登っていく。 終点のニ・グーデルからいよいよ歩き始める。8:30、ここから整備された登山道を尾根伝いに登り、一汗かいた頃に小さな非難小屋を左に見ると、このあたりから雪の斜面が現れる。右手にテートルースの小屋が見える。サングラスを着けようとしてポケットを探ったがサングラスが無い。宿を出るとき確かに持ったはずだが、ザックの中を探しても見つからない。快晴の真っ青な空で太陽が輝き、雪の斜面がぎらぎらと反射し、サングラス無しでは、1ヶ月前の富士山のトレーニングで負った雪盲の再現が間違いない。麓まで戻って買い求めてくるべきか迷ったが、戻る気になれず、山小屋で買い求めるか、日本人の登山者が下山してきたら交渉してみようと思い、そのまま登ることにした。下山してくる登山者とすれ違うが、東洋人の姿は見当たらない。テートルースの小屋で販売していることを期待して雪原を歩いた。早くも目がチカチカしてきたが、目を細くして歩き続けた。 テートルースの小屋は最近新築したばかりのようで、古い小屋の屋根の脇を登って小屋に入る。食堂には2〜3人の登山者が残っているだけで静かであった。厨房の中で山小屋の家族と思われる4〜5名が仕事をしており、サングラスを販売していないか聞いたが「No」。ここでサングラスが入手できなければ、間違いなく雪盲になり明日の登頂は不可能になる。プライベートのサングラスを譲っていただくか、明日まで貸してもらえないだろうかと、出来ない英語でお願いした。誰も反応してもらえないように見えたが、小柄な奥さんが黙って奥に行き、しばらくして戻り、「私の大切なものだが貸してあげる」と、赤いバンドの付いたものを手渡してくれた。あらかじめのお礼としてユーロ紙幣を出したが受け取ってもらえず、明日、必ずお返しすると約束して、ありがたく拝借する。 |
テートルース小屋 |
グーテ小屋への登り |
右 エギーユ・ミディ |
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この小屋から上部は雪と岩の世界、落石の危険があるのでヘルメットを着用する。テートルース小氷河を渡りエギィーユ・デュ・グーテの西面の急峻な岩場をグーテ小屋まで直登する。この岩場のクーロワール下の巾約30mをトラバースするが、上部からの落石があり、このルートでもっとも危険な箇所といわれている。昨年は全面が雪に覆われていたが、今年は雪が無く、氷の斜面が4〜5mの巾で残っていた。落石がないことを確認し、滑って転びながらもこの危険箇所をすばやく走り抜ける。 |
| 3 モンブラン登頂 7月4日 1:30に起床、小屋の外に出ると満天の星空で、眼下にシャモニーの町の灯が美しく輝いている。北斗七星の間を人工衛星らしき光が横切って行く。2:30 パンとチーズとコーヒーの朝食を取り、アイゼン、ヘッドランプを着けて3:40に出発。小屋の上の雪の壁を10分も登ると稜線に出た。テントが7〜8張り有り、すでに出発したものや出発の準備をしているパーティーがあった。広い雪稜を登りドーム・デュ・グーテ(4304m)を目指す。先行したパーティーのライトが暗い中に点々と続いている。ドームからやや下がってコル・デュ・ドームへ。ルートが残っているので不安は無いが、広い雪の稜線や斜面が続き、所々にクレバスがあり、もし、ルートが無く霧が出ていたら、単独ではとても登れないと思われた。コルからひと登りでヴァロ非難小屋に着く。このあたりで次第に空が明るくなってくる。エギーユ・デュ・ミディやグランドジョラスがすでに低くなり、黒くシルエットになって浮かび上がる。シャモニー側から見るモンブランはドーム状の穏やかな山様をしているが、登頂してみると鋭い雪のリッジが続き、側壁がはるか下まで切れ落ちている。もしバランスを崩したら、ピッケルで制動できぬ間に、滑落してしまうのではないかと思われるほど、鋭く落ちている。右手から絶えず強い風が吹きつけるが、一定の強さで吹いているので、バランスを崩ずさずにすむ。雪のこぶを越すとまた前方に雪のこぶが現れ、何度か繰り返して最後のこぶを越すと広く細長い山頂に出た。 |
山頂へ |
雪の尾根を登る |
山頂近くで |
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午前7時、2年がかりでようやく到達したモンブランの山頂(4810m)は、強い風が吹き厳しい寒さの中、雪の壁は朝日に赤く輝いていた。周囲に鋭い山々を従え、これらも朝日を浴びて赤く輝いている。 |
| 下方ではすでにあちこちから雲が湧き、遠くにマッターホルンが見え、その横に、モンテローザも見える。30分ほど山頂に滞在して下山に付いた。時々体のバランスを崩すほど強い風が吹き始め、湧き上がった雲が霧となって視界をさえぎり、慎重に歩いた。雪原には、登りの時は暗くて気づかなかったが、クレパスが多くみられた。エギーユ・デュ・グーテからグーテ小屋に至る雪原では、風と霧が激しく吹きつけ、設営されたテントが飛ばされかけていた。グーテ小屋に10:00に帰着、チョンさんと無事に登頂し小屋まで帰還できたことを喜びあった。飲みものをとり、荷物をまとめるなどして、11:00に小屋を出る。
稜線の北側の下山ルートは風下になるのか、風も無く視界もあって穏やかであった。急峻な岩稜を降りる。降りる途中、下方前方に鮮やかなブロッケンが現れる。手を振るとその動きもよく判るほど、鮮やかな二重の虹の輪が霧を背景にして浮かんでいた。 |
| 突然、ゴーと音がするので谷を挟んだ対岸を見ると、白い煙が上がり氷河に向かって岩が崩れ落ちている。午後になり、気温が上がって落石の起きる時刻を迎えているのであろうか。 クーロワール脇の岩稜を下り、トラバース地点の50mぐらい上まで来た時、先を行くパーティーが突然大声を出した。上を振り向くと大小数十個の岩がゆっくりクーロワールを落ちてくる。下方のトラバース地点の中央部に登山者が1人いる。両岸の登山者が「戻れ!戻れ!」と大声を出し合図をしている。岩は大きいのを先頭に、岩に当たって空中を飛び、乾いた音を立てて飛んで行く。クーロワールにいた登山者は氷に滑りながらようやく対岸に戻り、うつ伏せするとその脇を岩が飛び、伏せていた他の登山者のザックに命中したが、幸い怪我は無かったようだ。落石の恐ろしさを間の辺りにし、ヘルメットを付け直して落石の無いことを見計らい、氷に足をとられながらも、トラバース地点を駆け抜けた |
| 4 帰国まで クーロワールを渡り雪原に付く頃、濃い霧に覆われ激しく雨が降り出す。テートルース小屋に駆け込み、奥さんに、お礼を言って借りたサングラスをお返しする。気持ちとしてユーロ紙幣を添えたが今回も断られる。チョンさんと一緒にコーヒーを飲み、嵐の過ぎ去るのを待った。霧とともに激しく雨や雪が降り、雷鳴が鳴り響く。登山電車の終電に間に合わない時刻になり、チョンさんとともに今夜はこの山小屋に泊まることにする。夜半まで風雨の中で雷鳴が鳴り響いていた。 7月5日 朝食をとり、小屋のスタッフにお礼を言って8:30に小屋を出る。昨夜の嵐が嘘のように晴れてモンブランの山稜が雪で白く輝いている。登山電車、ケーブル、バスを乗り継いでホテルに帰ると、元気な若奥さんが出迎えてくれて登頂を喜んでくれた。午後から雨が降り出し、シャモニーの谷に雷鳴が響く。インフォメーションセンターに行くと、例の日本語ガイドの女性が、昨日の嵐でどうしたか心配したといい、テートルース小屋に宿泊したことを告げると、良い選択だってと喜んでくれた。コインランドリーを探して山で汚れた衣類を洗濯する。 7月6日 朝から雨雲が周辺の山を覆っている。予備日で空きができたので、シャモニーの際奥のル・トゥールにバスで行き、ゴンドラリフトとチェアーリフトでパルムのコル(2191m)に登り、トゥール・デ・モンブラン(モンブランを10日間ぐらいで一周するトレッキング)のコースを3時間半ほど歩いてル・トゥールに下る。時折、激しい雨が降り、お花畑の中でマーモットが愛嬌を振りまいていた。 7月7日 シャモニーからバスでジェネーブに入る。明日の朝の帰国の便まで時間があるが、特にすることがない。夕方、ホテルに荷物を置き、レマン湖畔を散策、晴れていれば湖の向こうにモンブランが見えるはずだが、厚い雲が垂れ込めている。歩いていると、ディナー付観光船の看板が目に付きチケットを買って乗り込む。シャンデリアが輝く華やかな船内で着飾った乗客に混じり、山シャツ姿の場違いな男が1人、ちょっと贅沢な食事を前にして、雲に隠れたモンブランに向かってシャンパンで乾杯した。 |
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