フランスアルプス    シャモニーの山     2001年7月

グランドジョラス
グランドジョラス、左の日陰の部分がAlps3大北壁のウォーカーバットレス

 2001年7月2日 グリンデンワルドから電車を乗り継ぎ、午後8時まだ明るいシャモニーに着いた。ホテルのレストランの窓から夕日に輝く白い峰が見える。ワインを飲みながら、美人のウェイトレスにあの山は何かとたずねると、腕をつかんで窓辺に案内され、「あれがモンブラン、こちらがエギィーユ・ドュ・ミディ・・・」と教えてくれた。

73日  エギィーユ・ドュ・ミディにゴンドラで上がった。ゴンドラを2つ乗り継ぎ3842mの頂上に着き、そこから氷河をまたいで、イタリア国境のエルプロネル・ピークまで5000mをつなぐ3連結のゴンドラに乗る。右に雪に覆われたモンブラン、左には雪もつけない岩肌のグランドジョラス、はるか眼下に雄大に流れる氷河が見られる。

モンブラン残照
残照のモンブランと氷河
(ホテルから)
モンブラン
モンブラン
登る人
モンブランへ登る人

 シャモニーに戻り、40分ほど歩いてラ・プラからゴンドラでランデックス(2385m)に登る。辺りは一転してまだ一面の雪、下山してきた登山者にラック・ブラン(白い湖)に行く道と山小屋が営業していることを確認して雪の踏み跡を歩き始めた。夏道が所々出ているがほとんど雪の中、凍った雪があり、腐って踏み抜くところもある。シャモニーの谷を挟んで南にモンブラン、グランドジョラス、数々の針峰、その間を流れる氷河が一望できる。辺りは格好の岩場(エギィーユ・ルージュ)で、あちこちからロッククライミング中の音や話し声が聞こえてくる。道標のペンキマークはほとんど雪に埋まっていたが、踏み跡がはっきりしていて迷うことなく1時間半ほど歩いてラック・ブランに着いた。湖は周辺に青く澄んだ水がある他は凍っていた。
 山小屋に入って宿泊を申し込んだが、私の英語(単語を並べただけ)が通じない。向こうから英語で「英語はだめだ。フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語が出来ないか」と聞かれたが私にはどれも出来ない。「(そんなに出来るなら)日本語が出来ないか」と聞き返したが「NO」(当たり前だ)。変な奴が来たと思っているのだろう。スタッフ
4人が並んで見ている。
寝る真似と食べる真似をして指を
1本(1泊)出したら判ってくれた(ようだ)。若い女性が、地下室に案内し、ザックはコインロッカーに入れる。トイレを教えられ、ゴムの室内靴に履き替えて2階のベッドルームに案内された。モンブランが見える窓際のベッドに帽子を置いたら彼女が指でO(丸)。やれやれ、これで今夜は寝られる、もう不安は無い。
 テラスに出て、モンブランからグランドジョラスに連なる雄大な景色を眺めながらビールを飲んだ。夕食は
1つのテーブルに10人ぐらい座り、4テーブル、約40人の宿泊客がいた。私のテーブルにはベトナムの子供3人を養子にしたフランス人家族、8日間でモンブラン一周のトレッキングをしているひげをはやした72歳のフランス人、ロッククライミングをしに来た熟年の夫妻の計9人。山小屋の食事は日本のように1人ずつではなく、テーブル毎に大皿に盛り合わせて出される。それを同じテーブルに座った者同士が、家族のように分け合って食べる。美味しく楽しい食事だった。

ラックブラン
ラックブラン 氷の湖で泳ぐ人
月とジョラス
残照と月
アイベックス
アイベックス
山小屋で
ラックブランの山小屋で

 夕食後、シャモニーの谷間に雲が漂う。コグルマ烏(カラスより小形)がモンブランをバックに舞う。大きな角を持ったアイベックスが数頭の仲間を連れて向こうの尾根に姿を現す。グランドジョラスが夕日に赤く映え、その上に満月が掛かる。憧れていた夢のような世界。寒さに震えながら立ち尽くした。

 74日  朝食を済ませてチェックアウト、一緒にテーブルを囲んだ人達や小屋のスタッフと11人握手。スタッフはまた来い(?)と言って絵葉書に電話番号を書いて、見送ってくれた。ラ・フレージュのゴンドラ駅まで朝日の当たるさわやかな道を歩いた。お花畑の上でマーモットが日光浴をしている。道の途中に雪解け水を湛えた小さな湖があり、風も無く鏡のような湖面に、朝日に輝くモンブランとグランドジョラスを逆さに映している。辺りにアルペンローゼが今を盛りに咲いていた。

フランス菊
フランス菊?
逆さジョラス
湖面に映るシャモニーの山
マーモット
マーモット
アルペンローゼ
アルペンローゼとモンブラン

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